日仏文化講演シリーズ第394回
人文社会系のフランス研究にかかわる若手研究者3名の講演を中心とするセミナーです。分野横断型の相互啓発セミナーとして、夏恒例の行事となりました。講師役を務める3人には、これまで進めてきた専門的な研究に基づきながら、その成果や現在の関心のありかを、専門分野を異にする研究者・大学院生・学部生・一般聴衆などにも、よく理解できるように語っていただきます。同世代の若手研究者どうしの親睦を図る機会でもあります。今回は、政治思想、宗教学、文学・思想からのアプローチになります。どうぞふるってご参加ください。
発表要旨
● 関口佐紀「不寛容・狂信を克服する市民宗教」
ジャン=ジャック・ルソーの主著『社会契約論』は、自由で平等な個人の契約に基づく人民主権の理論を確立した著作である。同書でルソーは、家父長や征服者の権利と同様に神的な権威が権力の正当な基礎ではありえないことを論証したが、宗教それ自体の意義を否定したわけではない。第4篇第8章では、国家を維持するために必要な信仰として「市民宗教」の構想が提示される。この市民宗教について、従来の研究では国家における道徳や習俗をめぐる議論、あるいは『エミール』で展開された自然宗教との関連から読解が試みられてきた。本発表は、18世紀フランスが直面した不寛容と狂信の問題に焦点をあて、ルソーが市民宗教をとおしてこれらの問題をどのように克服しようとしたかを明らかにする。
● 田中浩喜「ライシテの三角測量――第三共和政前期の病院にみる宗教文化の地域的複数性」
ライシテはしばしばフランスのナショナル・アイデンティティとされる。しかし、言説の空間から歴史の地平へと目を移せば、ライシテはナショナルな枠組みだけでなく、ローカルな文脈にも影響されてきた。本発表では、第三共和政前期(19世紀末から20世紀初頭)のパリ、リヨン、ボルドーにおける病院に目を向けて、ローカルな宗教文化の違いを際立たせながら、それぞれの都市で目指されたライシテのあり方の違いを明らかにする。そうすることで、ライシテには政教分離という言葉には還元できない、より複雑な側面があることが浮かび上がってくるだろう。
● 関大聡「21世紀のアンガジュマン文学に向けて――サルトル以降の政治と文学」
サルトルが『文学とは何か』(1948)に提唱した「アンガジュマン文学」は、社会的・政治的な問題への文学の介入として、「政治と文学」論争の中心に置かれてきた。近年、こうした主張は理論的・実践的な観点から新たに再検討の対象とされている。美的なものと政治的なものの緊張関係において、文学であるからこそ可能な参加(アンガジュマン)の形とは何か? 本発表では、こうした理論・実践のいくつかを概観しながら、「21世紀のアンガジュマン文学」の可能性を検討したい。
講師プロフィール
関口佐紀(早稲田大学)
早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期単位取得退学。博士(政治学)。現在、早稲田大学現代政治経済研究所特別研究所員。専門は、政治思想史・政治哲学。主な論文として、「ルソーの政治思想における監察の理念と実践」(『日本18世紀学会年報』第38号、2023年)、「ルソーの政治思想における狂信批判」(『社会思想史研究』第44号、2020年)など。
田中浩喜(日本学術振興会特別研究員PD)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了(博士/文学)。現在、日本学術振興会特別研究員(PD)。専門はフランスのライシテ。論文に「現代フランスにおけるカトリシズムと社会規範――教会における性的虐待に関するソヴェ委員会報告書を読む」(『宗教研究』410号、2024年)、「神の祭と国の祭――第三共和政初期のボルドーにおける祝祭のライシテ化 」(『日仏歴史学会会報』36号、2021年)等がある。
関大聡(日本学術振興会特別研究員PD)
ソルボンヌ大学文学部フランス文学・比較文学科博士課程修了。博士(文学)。現在、日本学術振興会特別研究員(PD)、立教大学ほか非常勤講師。専門はサルトルを中心とする20世紀フランス文学・思想。主な論文として、« Ōe Kenzaburō and Pursuit of Authenticity through the Imagination: Creolizing Sartre in Japan? »(Creolizing Sartre, 2024)、« Pensée, image et langage. Sartre et Henri Delacroix »(Etudes sartriennes, no 25)など。